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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(つ)87号 決定

主文

本件特別抗告を棄却する。

理由

被告人に対する窃盗被告事件につき、高岡簡易裁判所は、昭和二三年一〇月三〇日懲役一年、執行猶予三年の判決言渡をした。これは旧刑事訴訟法を適用すべきいわゆる旧件である。この後昭和二四年六月二〇日検察官から右執行猶予の言渡前に他の戦時逃亡、軍用物毀棄罪につき、昭和一七年八月一一日金沢師団軍法会議において懲役一〇年に処せられたことが発覚したことを理由として、前記執行猶予言渡の取消を高岡簡易裁判所に請求した。同裁判所は、昭和二四年六月二四日この請求を容れ、前記執行猶予の言渡を取消した。そこで被告人の弁護人から同月二七日即時抗告の申立があったが、この申立を受付けた富山地方裁判所高岡支部は、該記録を名古屋高等裁判所金沢支部に送附した。かくて、名古屋高等裁判所金沢支部は、裁判権あるものと信じて、抗告の申立を審理し、理由なきものとして抗告を棄却する決定をした。これに対し、被告人から異議の申立があり同支部はこの異議申立を棄却する決定をしたので、被告人から当裁判所に本件特別抗告がなされたのである。

昭和二三年一二月二一日法律二六〇号裁判所法の一部を改正する等の法律により、高等裁判所の裁判権に関する裁判所法一六条二号は、「第七条第二号の抗告を除いて、地方裁判所及び家庭裁判所の決定及び命令並びに簡易裁判所の刑事に関する決定及び命令に対する抗告」と改められ、また地方裁判所の裁判権に関する裁判所法二四条三号は、「第七条第二号及び第一六条第二号の抗告を除いて、簡易裁判所の決定及び命令に対する抗告」と改められた。しかし、同改正法附則一一条によれば、この改正規定は、その施行(昭和二四年一月一日)前に公訴の提起があった事件については適用しない旨が定められている。それ故、かかる旧件には改正後も改正前の高等裁判所の裁判権に関する裁判所法一六条二号「第七条第二号の抗告を除いて、地方裁判所の決定及び命令に対する抗告」及び地方裁判所の裁判権に関する同二四条三号「第七条第二号の抗告を除いて、簡易裁判所の決定及び命令に対する抗告」という規定が適用されるわけである。従って、簡易裁判所の刑事に関する決定に対する抗告についても、地方裁判所が裁判権を有するわけである。しかるに、本件即時抗告は、名古屋高等裁判所金沢支部において、新刑訴四二六条一項を適用して棄却せられたのに対し、被告人は新刑訴四二八条二項により異議申立をなし、この異議申立が棄却されたので本件特別抗告を申立てたのである。ところが、新刑訴法によれば抗告裁判所の決定に対しては抗告をすることはできない(四二七条)。従って原決定のいうとおり原審に異議申立をすることは不適法として許されない(四二八条二項、四一九条)。ただ原決定がその理由として同四二八条一項すなわち「高等裁判所の決定に対しては、抗告をすることはできない」という規定をも挙げているのは所論のいうとおり誤である。何となれば、同項は高等裁判所が抗告審としてではなく初めてした決定に対して抗告を許さないものとする代りに一種の救済方法として異議申立の道を設けたものであるからである。

しかし本件は高等裁判所が抗告審としてした決定に対するものであるから異議申立はできない。本件は冒頭にも述べたごとく旧件として処理すべきであるが、旧刑訴法によれば高等裁判所の決定に対する異議の申立は許されていないし、また最高裁判所に対する特別抗告は刑訴応急措置法一八条の場合だけに限られているに拘らず本件特別抗告の理由はそれに該当しない。それ故、本件抗告は何れの点よりするも棄却さるべきものである。

『なお、刑法二六条一号に「猶予ノ期間内ノ罪ヲ犯シ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ」、同条二号に「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルトキ」とあるは、いずれも猶予の言渡後に他の罪につき禁錮以上の刑に処せられた場合であることは、明白である。すなわち、猶予の言渡後に生じた処刑という出来事のために執行猶予の言渡が取消されるのである。

次に、本件で問題となっている同条三号で「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト発覚シタルトキ」とあるは、同様に猶予の言渡後にその言渡前他の罪につき禁錮以上の刑に処せられたことが発覚した場合と解するが相当である。すなわち、猶予の言渡後に生じた前科発覚という出来事のために執行猶予の言渡が取消されるのである。若しこれに反し、前科発覚が猶予の言渡前であっても、言渡後であっても、猶予の言渡が取消できるというならば単に「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」あるときという字句で十分なわけであって何も「刑ニ処セラレタルコト発覚シタルトキ」と殊更断る必要はないわけである。しかるに、本件執行猶予の言渡された前記窃盗被告事件記録によれば、(一)高岡区検察庁検察事務官作成の前科調書(記録八一丁)、(二)高岡市役所から高岡簡易裁判所宛の前科回答書、(三)高岡市役所から高岡警察署宛の前科回答書が存在し、そのいずれにも前記前科は正確に記載されている。しかのみならず、第一回公判調書に依れば、「問、被告人には斯様な前科があるのか。此時簡易裁判所判事は本件記録中八一丁の被告人に対する前科調書を読聞かせた。答、左様只今お読聞けの通りの前科があります」。と記されている。それ故、被告人の前科は前記窃盗被告事件の執行猶予の言渡前に検察官にも裁判官にも発覚していたものと認めなければならぬ。かように被告人の前科が訴訟資料として提供されている場合に、裁判所が執行猶予を言渡したことは、もとより違法であるが、被告人が控訴をなし又は被告人のために控訴をなした事件においては控訴裁判所は原審の違法を認めても、不利益変更禁止の原則に支配されて、執行猶予の言渡を取消すことはできない。かかる場合に執行猶予の言渡を取消し得るためには検事の控訴を必要とするのである。しかるに、本件においては検事は控訴をなさずして、事件は確定し、最早執行猶予の言渡を取消し得ざるものとなってしまった。要するに、本件では執行猶予の言渡前にすでに他の罪につき禁錮以上の刑に処せられたことが発覚していたのであるから、刑法二六条三号によって執行猶予の言渡を取消すことはできないものと言わなければならぬ』。

よって、刑法二六条三号に関し本件のごとき場合にも執行猶予の取消が許されるとの斎藤裁判官の意見を除き、その他は全裁判官の一致をもって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 真野 毅 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

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